アルツハイマー発祥の機序を探る⑶
悪役だけではないアルツハイマーの原因物質
1.アミロイドβ(Aβ)の保護的役割
○抗菌ペプチドとしての機能
Aβは実は免疫系の一部として働き、細菌やウイルスに対する防御反応を担うことが示唆されています。感染時に脳内で急速に産生され、病原体を捕捉・中和する働きがあると考えられています。
○シナプスの可塑性調整
低濃度のAβは神経細胞間のシナプス活動を調整し、記憶形成や学習に関与する可能性があります。過剰になると毒性を持ちますが、適量では神経機能の微調整に寄与します。
2.タウタンパク質の保護的役割
○微小管の安定化
タウは神経細胞の軸索内で微小管を安定化させ、物質輸送を円滑にする役割を持ちます。これは神経細胞の長距離通信を支える重要な機能です。
○ストレス応答への関与
細胞がストレスを受けた際、タウはリン酸化されて構造を変え、一時的に細胞内の輸送を制御することで損傷を最小限に抑えようとする反応と考えられています。
3.APOE遺伝子の保護的役割(特にAPOE3)
○脂質代謝と修復機能
APOEは脂質を運搬し、神経細胞膜の修復や再構築に関与します。特にAPOE3型は神経保護的で、損傷後の回復を促進する働きがあります。
○炎症制御と免疫応答
APOEはグリア細胞(特にミクログリア)において脂質代謝を調整し、過剰な炎症を抑える役割を持ちます。最近の研究では、ApoE4型が脂肪滴の形成を促進し、炎症性応答を強める一方で、正常型ではバランスを保つことが示唆されています。
4.APOE4の保護的・適応的側面(特に若年期)
○認知的な明晰さと問題解決能力
APOE4を持つ若年者は、特定の認知課題において注意力・記憶力・空間認識能力が高い傾向があるとする研究があります。特にストレス環境下での迅速な判断や危機対応能力に優れているとされ、狩猟採集社会では生存に有利だった可能性があります。
○生殖成功と子孫数の多さ
-一部の疫学研究では、APOE4保有者が若年期においてより多くの子を持つ傾向があることが示唆されています。これは、性的魅力・繁殖力・社会的競争力などが高まる可能性を示しており、進化的には「選択され続けた理由」となります。
○免疫応答の強さ
APOE4は感染症に対する炎症反応を強める傾向があり、若年期には病原体に対する迅速な防御として有利に働くことがあります。
○これは、マラリアなどの感染症が多い地域でAPOE4の頻度が高いこととも関連づけられています。
○ 高齢期との対比:進化的トレードオフ
若年期における認知的・生殖的・免疫的な利点がある一方で、加齢に伴い神経変性疾患のリスクが高まるという「進化的トレードオフ」が存在します。つまり、短期的な生存と繁殖の成功が、長期的な健康リスクと引き換えになっている可能性があるのです。
【統合的な視点】
これらの分子は、病的な蓄積や変性が起こると神経毒性を持ちますが、本来は脳の恒常性維持、免疫防御、修復機構に深く関与しています。つまり、「病因」ではなく、過剰・変質・文脈依存で「病態化する保護因子」と捉えるべきです。


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